ミュージカル作品のジャズ・アルバムでは、『マイ・フェア・レディ』(シェリー・マン&ヒズ・フレンズ)につづくのが、『ウエスト・サイド・ストーリー』ということで、そんないくつかの作品も聴いてみたくなり…。

1962年リリースのオスカー・ピーターソンのアルバムもよく知られていますが、1957年舞台初演から近く、1961年の映画化前のものをちょっと調べてみました。

このミュージカル作品の大ヒットの所以は、20世紀アメリカ・ニューヨーク版「ロミオとジュリエット」といえるストーリーであると同時にレナード・バーンスタイン手がける音楽であるわけですが、この時期のカヴァーもすばらしいものばかりですね。

これまた知らずだったのですけど、アンドレ・プレヴィンの他も、カヴァーしてたのは、じぶんのテイストにあうなぁと他の作品でも気に入っているウエスト・コースト・ジャズの方々。まだアルバム通しで聴いてはいないのですけど、よさそうなものばかりですね。近日入手でのメモとして、それぞれのアルバムから試聴で気に入ったナンバーなどを。

<アンドレ・プレヴィン Andre Previn>
まずは、アンドレ・プレヴィン&ヒズ・パルズの『West Side Story 』から。

このアルバム、アンドレ・プレヴィン(Andre Previn)がメインの名義ですが、「ヒズ・パルズ」ということでの友情メンバーは、シェリー・マン(Shelly Manne)とレッド・ミッチェル(Red Mitchell)。1959年リリース。

Andre Previn and His Pals Shelly Manne & Red Mitchell:America(1959)
シェリー・マンのドラムス効いてますね。そしてつくづく、プレヴィンのコードセンスは苦みばしっていて、きりっとスタイリッシュ。

<カル・ジェイダー Cal Tjader>
つづいて、この方ヴァージョンもあったのかぁ、というのが、カル・ジェイダー(Cal Tjader)。

ファンタジー・レーベル(Fantasy Records )で、アレンジとピアノは、クレア・フィッシャー(Clare Fischer)。シェリー・マン(Shelly Manne)とレッド・ミッチェル(Red Mitchell)は、この作品にも参加してるのですね。1960年リリース。

Cal Tjader:Cool(1960)
ヴィブラの音色がまさにクールで、涼しげ、且つかっこよしです。

<デイブ・ブルーベック Dave Brubeck>
そして、デイブ・ブルーベック(Dave Brubeck)もカヴァーしてたのですね。
サックスはもちろんのポール・デスモンドで。いま出ているCDでのヴァージョンは『ウエスト・サイド・ストーリー』からのカヴァーが全曲ではないようですが、ジャケットもですけど、アルバムの構成もバリエーションがありですね(バーンスタイン・オーケストラのものももともとはいっしょに収録されていたのだとか)。1960年リリース。(Paul Desmond)

さておき

Dave Brubeck Quartet :Maria(1960)
ならではなリズム変化、それでありながら、流れるような軽さのサウンド展開がすてきですね。デスモンドのサックスも歌ってます。

(投稿:日本 2012年10月31日、ハワイ 10月30日)


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こんな名盤、なんでいままで知らなかったのかな。もっと早く聴いてればよかった、いや、出会えただけでもよかったと思おう。
そんな気持ちで、シェリー・マン&ヒズ・フレンズの『マイ・フェアレディ(Modern Jazz Performances Of Songs From My Fair Lady)』をここ数日くり返し聴いております。

このアルバムにめぐりあえたのは、ちょっとしたきっかけあって(「ちょっとした」とはいってもかなり長い気になりが引き金となったのでそちらは「つづき」に)、シェリー・マン(Shelly Manne)とアンドレ・プレヴィン(Andre Previn)のワークをたどったりしてことから。

曲の試聴で、そのすばらしさにノックダウン状態。まいってしまいました。

Shelly Manne and His Friends:I Could Have Danced All Night (1956)

ありえないほど洒落た不協和音スパイスが効いたピアノ、クールにドタバタ(よい意味で)なドラムス。シェリー・マンとアンドレ・プレヴィン、ルロイ・ヴィネガーというトリオならではのサウンド。
なんと言い表せばよいのやら。でんぐり返し的というか、なんというか、のたうちまわりたいような感動を覚えました。

即、アルバム入手し、通しで数回、また数回と。
じつにかっこいいですね。もう、そのひと言につきるかと。

スタイリッシュでマニッシュ、と同時に、フェミニンでエレガントなソフィスティケーションも。相反するようなこの感覚が絶妙に共存してて。

全曲すばらしい。中でも、先の"I Could Have Danced All Night"は格別ですが、"Ascot Gavotte"なんかもかなり好きです。

Shelly Manne and His Friends:Ascot Gavotte

ミュージカル『マイ・フェア・レディ』がもすばらしい作品であり、という前提もあるので、そんなこんなもすこし。

『マイ・フェア・レディ』の原作はジョージ・バーナード・ショーにより戯曲として制作された『ピグマリオン』。「ミュージカル」というフォームをバーナード・ショーは好まず、存命中はミュージカル化はならず。
没後、作詞・脚本アラン・ジェイ・ラーナー、作曲フレデリック・ロウでミュージカル化となり。
(タイトルの変更も成功であったと思われ。でも、エピソード記載すると長くなっちゃうのでくわしくはこちら参照
ジュリー・アンドリュースを一躍有名にした作品ですが、また逆もしかりで、ジュリー・アンドリュースがまさにふさわしくイライザを演じたから、ともいえるのでしょう。
(自分としてはなじみがあるのは1964年の映画版(アンドレ・プレヴィンが音楽監修してます)であるオードリー・ヘプバーンのヴァージョンですが、舞台としてはいかにジュリー・アンドリュースが生き生きと演じそうかは想像でき)

ミュージカル『マイ・フェア・レディ』は1956年3月初演で、瞬く間に大ヒット。

話をアルバムにまた戻しまして。

それまでも、ミュージカルの主題歌や使用曲がジャズ的に要素のものなどはあったものの、ミュージカルの楽曲を独立したアルバムとして、ジャズ・アレンジし、リリースしたのは、このシェリー・マン&ヒズ・フレンズの『マイ・フェアレディ(Modern Jazz Performances Of Songs From My Fair Lady)』がはしりなのですね。録音は同年の8月ということで、半年もたたずして。

『マイ・フェア・レディ』そのものの人気もさることながら、このアルバムのサウンド・性格そのものもイライザっぽさをもっているし。名作、名盤ですね。

当時、最も売れたジャズ・アルバムといわれたそうで。

それが、約55年前。いまでも、生き生きとフレッシュで、ありえないほどすてきなノリと洗練された完成度。不朽。
名盤というものは、色あせないものなのだなあとつくづくなのであります。

Modern Jazz Performances Of Songs From My Fair Lady
再生リスト
動画に上がってる分で再生リストもつくってみました

(投稿:日本 2012年10月27日、ハワイ 10月26日)


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日活100周年にちなんだ上映会や展示をみにいったりと、この秋はちょっと日活づいたりしてましたが、けっこう、まだこれ観てない、あれ観てないという作品多いのですよね。
ということで「おうちで勝手に日活祭り」ということで(コンピューター環境、ファイルお引越しなどしてて、投稿、また間があいてしまいましたが…)、このところ、映画作品としてかつ音楽も気になりなもの、時間ができた折には、自宅でのビデオ、DVD観賞などもいたしておりました。

先週は、鈴木清順監督の『殺しの烙印』を。

じつに、じつに、すばらしいですね。
ジャームッシュ、クエンティン・タランティーノ、ウォン・カーウァイほか、多くの海外映画人も影響をうけたというのは、まことに納得です。

いままで、鈴木清順監督の作品は、リアルタイムおよびちょっと遅れのほぼリアルタイムなど、再稼動はじめてからの作品になじみがあったのですが、そこでよく云われる「清順美学」。 この作品にはその「美学」、変則的でありながら、ならではの映像美、形式、フォーマットが。

映像ならではの「動」のショットと写真的な「静」の切り取りの織り成す世界。コントラストのきいた照明がとても印象的で。たまらなくスタイリッシュでクールであり、また、トリッキーでコミカルでもあり。
テーマとしてはフィルム・ノワールといってよいのでしょうが、アーティスティックな表現でのニヒルさとエンターテイメントな要素と流れがちゃんとある。

はじめのあたりに出てくる赤坂ミカドのネオンもすてきです

そこにさらに魅力を添えるのが、サウンド。音楽担当として山本直純氏が手がけるスタイリッシュなジャズがまさにです。

殺しの烙印─BRNDED TO KILL ,STYLE TO KILL─ 予告篇

テーマは「清順調」を感じさせつつ、ハープシコードでしあげた殺し屋サウンド。歌っているのは「具流八郎」(後述)のおひとりでもあり、ナンバー4の殺し屋として出演もする大和屋竺さん。この曲については、『けんかえれじい』でも作曲をつとめた楠井景久さんで、山本直純さんはアレンジのみ

「殺し屋のブルース」
歌唱:大和屋竺
作詞:具流八郎、作曲:楠井景久、編曲:山本直純

ボーナストラックも入ったサントラ盤もありますね。

スコッチとハードボイルド

ハナダ・バップ

宍戸錠さんかっこよく、女優陣もですが、みなさんよいですね。出演は、宍戸錠、小川万里子、真理アンヌ、南原宏治、玉川伊佐男ほか。
脚本は、映画創作集団「具流八郎」(=鈴木清順、大和屋竺、木村威夫、田中陽造、曽根中生、岡田裕、山口清一郎、榛谷泰明)としてのデビュー作で、かならずしも脚本(ホン)ということでなく、演出含め、それぞれの持ち味感じます。
ここでやはり「ぐる(具流)」というあたりにも、語源さまざまではありますが、映画のあり方への問いかけ、一歩踏み出した実験としての表現、革新のセンスですね(参考:グル:語源)。

あらすじ(リンクにしておきます)

さきにも触れましたが、アートとエンターテイメント、ニヒルな世界とコミカルな要素、独特のバランスが、この作品の魅力ですが、当時の日本映画としては理解されずらい面でもあったのでしょう。 でも、1967年といえば、時は、すでに「昭和元禄」な頃。先端ではあれど、まさに時代の空気にあった作品のように思うのですけど
「わけのわからない映画」と、当時の日活社長・堀久作の逆鱗に触れ専属契約打ち切りということに。

考えられていた『殺しの烙印』の続編はシナリオ執筆中に制作中止。
そして、日本映画史に残る大騒動。鈴木支持の映画人や学生はそれに反対し、「鈴木清順問題共闘会議」結成、鈴木清順氏は日活提訴し法廷へ、その後約10年間、監督としての活動にブランク、というなっていく訳で、そのあたり、リアルタイムでのいろいろを考えてみたかった気も。
(…とは言っても、当時、この作品は成人カテゴリーだったようですし、その頃のこと考えると女性としてはみることのない映画でしょうけどね)

この度、はじめて知りましたが、2001年の鈴木清順監督作品『ピストルオペラ』って、『続・殺しの烙印』とは異なるものの『殺しの烙印』の後日談的なものなのですね。観てみたくなりました。

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<関連で>
鈴木清順監督作品の日活映画音楽集ということで、『素ッ裸の年令』から『殺しの烙印』まで、各作品2、3曲づつの『日活映画音楽集~監督シリーズ~鈴木清順』聴いてみました。
音楽担当は、渡辺宙明、三保敬太郎、大森盛太郎、伊部晴美、奥村一、池田正義、山本直純ほか。
『探偵事務所23 くたばれ悪党ども』(音楽担当:伊部晴美)もかなりよいですね。

(投稿:日本 2012年10月24日、ハワイ 10月23日)


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日活関連でのある意味つづきですね。先日、川崎市市民ミュージアムで現在開催中の『日活創立100年記念資料展』を見に行ってきたのですが
そのときのメモ:日活創立100年記念資料展などなど 川崎市市民ミュージアム
(週末には上映会も。スケジュール→川崎市市民ミュージアム:日活100周年記念上映 日活アクションの世界)。
日活所蔵のポスター、小道具の数々、展示室のほかに、エントランスに、『嵐を呼ぶ男』で使われた石原裕次郎さん演ずる国分正一(役)の”S.Kokubu”名入りドラムがあったりして

あらためて、『嵐を呼ぶ男』が観たくなり…

この作品は、上映会でも予定されていないようだったので、自宅でDVD観賞と決めこむことに

『嵐を呼ぶ男』、観賞は、かなりひさしぶり。このところで、かなり観賞の視点もまたかわってきていることもあり、前とはちがった意味で、細かないろいろかなり楽しみながら、でした。

再度観ようと思ったきかっけも、そもそも、その細かないろいろもきっかけだったり。

ほんの最近知ったことなのですけど、裕次郎さんの国分正一ドラムのアテレコは、おなじみ主題歌も含め、白木秀雄さんだったのですね。そして、さらには、笈田敏夫さん演ずるチャーリー・桜田のドラムは、猪俣猛さんだというではないですか!前に観たときとか、あまり深く考えてなくて、あまりそういうこと、気にしてなかったのですよね。

…たしかに出てますね、クレジットも。オープニングに、演奏、白木秀雄クインテット、渡辺晋とシックス・ジョーズと。劇中での、シックス・ジョーカーズというバンド名も似ていたり(渡辺晋さんは、ドラム合戦シーンときはチャーリー・桜田の方のバンドですが)。まったくもって、でした。たしかに、前に観たときは、まだこの時代、50年代の日本のジャズ、把握できてませんでしたからね…

この動画、よくまとめてくれてますね。あらためてすてきに感じてたオープニングの銀座のネオン(「夜の帳とともに美しいネオンの花が咲く…」。ナレーションもよいです)、国分正一がメディアに取り上げられていく記事いろいろのシーン(レコードプレーヤーもすてき☆)など、そのほかも、チョイスがかなりよく。

石原裕次郎「嵐を呼ぶ男」ベストシーン

映画簡単データ簡単。

嵐を呼ぶ男: 公開:1957年12月28日 原作、監督:井上梅次 音楽:大森盛太郎 出演:石原裕次郎、北原三枝、金子信雄、笈田敏夫、岡田真澄、白木マリ、芦川いづみ、光沢でんすけ他 キャスト

『嵐を呼ぶ男』は、当時のトレンディー要素たっぷりの作品ということは十分にふまえていたつもりですが楽しみ要素盛りだくさんですね。セットで撮影ならではの流行要素強調や美弥子と正一の暮らしの対比だったり。バーの名前とかひとつひとつおっちゃいます。あとは実写のネオンも)。再確認したい部分もあり、細かな部分をチェックしながら近日中に再度観賞となることでしょう。

出演も、平尾昌晃さんもはじめの方にちょっと出てきたりとか。役どころも、北原三枝さん演ずるマネージャー美弥子は、あの渡辺美佐さんをイメージとしているとか(渡辺晋さんとともに渡辺プロダクション創立)。バンドメンバー含め、気にしたいとこ、美術、演出、キャスト、きりなく。

話題もどしまして、なんといってものサウンドですが。
すべてがかっこいいですね。お店シーンで演奏されているナンバーだったり、音大生の弟、英次が作曲という設定でピアノで弾いてる曲とかもよいのですよね。実に、実に、音楽映画な部分が多く、さりげなくおりこまれてる音、曲がほんとすてきです。
バンドメンバー含め、どの部分が誰の演奏なのかなどなど、気になりひとしきりです。ある程度のデータがないと追いきれない部分もあるのですが…

関連を調べてみたところ、「日活所蔵6ミリ・サウンドトラック・テープを元に、映画には使用されなかったプレスコ・ナンバーまで全53テイクを収め…」というサントラCDが出てるのですね。

嵐を呼ぶ男(オリジナル・サウンドトラック)

内容紹介には
「石原裕次郎のドラムは実は白木秀雄が、敵役・笈田敏夫のそれは猪俣猛(当時若干21歳)が叩いている。そのドラム・ソロ(マックス・ローチ的アプローチが聞ける)10数テイクを始め、松本英彦(テナー・サックス:劇中にも出演)や河辺公一(トロンボーン)らが参加したスイング・ジャズ~モダン・ジャズ演奏の数々を収録。日活所蔵6ミリ・サウンドトラック・テープを元に、映画には使用されなかったプレスコ・ナンバーまで全53テイクを収め、公開から53年目にして初めてCD化。日本ジャズ史の新たな発見です。なお、裕次郎の主題歌は収録されていません。」
とあるのですが。データとかも詳細だったりするのかな。主題歌は収録せずということですが、浸透しているためかぶりもあるだろうし、これを買うひとなら持ってるでしょう、ということからでしょうか。
これ、欲しいかも…です。

(投稿:日本 2012年10月10日、ハワイ 10月9日)


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ずっと気になりつつも観賞機会をのがしていた、藤田敏八監督作品『八月の濡れた砂』、ようやく観てきました。
路線移行前、旧体制日活最後の作品だったという『八月の濡れた砂』、ヒューマントラストシネマ有楽町での日活創立100周年記念特別企画「日活映画 100年の青春」では最終日に上映でした。

「日活映画 100年の青春」企画上映、東京はおわりましたが、まだこれから大阪、福岡、横浜、名古屋、札幌などもあるようなのでリンクを↓
「日活映画 100年の青春」公式ページ

電車の遅延もあり、ぎりぎりめの到着で。すでにほぼ満席。
絶対的な支持があり、ネットでも、この映画に関するものは多いという訳ではないのですが、記事のひとつひとつ思い入れ感じます。

公開:1971年8月25日
制作:日活(ダイニチ映配)
監督:藤田敏八
音楽:むつひろし、ペペ
主題歌:石川セリ
メインキャスト:村野武範、広瀬昌助、藤田みどり、テレサ野田

先にも書いたように、あらすじや映像の言わんとするメッセージ、ロケ地ふくめかなり詳しく書いてらっしゃるものもあるのでそちらをリンクさせていただきます。
Songs for 4seasons:藤田敏八監督『八月の濡れた砂』(日活映画)その1
(その4、さらにはロケ地再訪というものもあり↑)

この『八月の濡れた砂』色鮮やかに痛ましい作品だなぁと(「痛ましい」という表現は先のかたのたとえにもあり、まさにです)。

『八月の濡れた砂』は、この時期の藤田敏八さん監督作品にみられる70年代前半の青春の彷徨い、刹那なムードとしらけ感を描きながら、この後の作品『赤い鳥逃げた?』などにも描かれるやるせなさより、もっと直情的な痛ましさ。

八月の濡れた砂(Wet Sand in August):Trailer

象徴的な何かを感ずる表現は、同時期またはすこし前のヌーベル・ヴァーグやアメリカン・ニューシネマなどを連想させるようでありながらも、やはり日本独特の感覚や登場人物たちの心理もあり。

映像、色、音楽、演出の中には強烈なメッセージとともにそのさらに底にあるさりげないメッセーもあるように感じ。そういったいろいろは、感覚としてとらえ、そのままにしておくべきなのか、もっと記号論的にたぐっていくべきなのか…。という意味でも観たあとに心に何か残していく作品ですね。

そのほか、小さな気になりのちりばめられた未解決要素としては
キリスト教というのがそのひとつであり、丘の上の教会や (日本基督教団・葉山教会。聖堂は近年改装され新しい建物となったようです) そこでオルガンを弾き、クリスチャンであった和子(隅田和世)の死がそこに関係するといえばするのかも知れませんが)。海水浴で賑わう海岸をキリスト看板によくあるそれのプラカードをもって歩くひとの映像や。
あれはそこにいた人をとらえ、それを使ったものなのか…。
清(広瀬昌助)の兄の海の家の店先、7UPのケースの中に鳩がいて、さりげなくバックに映るなど。そういった演出なども。

若者的かと思うとはて?というギャップや演出なのかどうなのかという意表をつくようなという感覚は映画全体に流れており、音楽もまたそうではないかと思うのです。

音楽は、むつひろしさんとペペ。
「ぺぺ」としか書いてないのですが、たぶんザ・ハプニングス・フォーのぺぺ吉弘さんですよね。サウンドは、熱い砂や若さを感じさせるグルーヴィーな雰囲気たっぷりのもやリッチライフを描くようなスタイリッシュな避暑地的サウンドであったりなのですが、石川セリさんが歌うテーマ『八月の濡れた砂』(作詞:吉岡オサム、作曲:むつひろし)がどこか、昔ながら感、女の哀しみ的な、サガみたいなものをしょっているようで。この曲は、もちろん、よい曲なのですが。そもそも、この映画、わたしは曲を先に知っていたので、そのときから持っていた疑問ではあったのですけど…
ただ、この映画を実際にみて思ったのは、それもある意味メッセージのひとつなのかなと。この映画での女性の描かれ方って、立場いろいろながら、それぞれがそんな風ですよね。

そのほか、渡辺文雄さん、地井武男さん、原田芳雄さん(みなさん他界されてしまいましたね…:'( )などのサポート的な演技、この時代の雰囲気たっぷりの女優陣やザ・ハーフ・ブリードの演奏もみどころのひとつかと。そして、赤塚真人さんや山谷初男さんの役もスパイスですね。

と、まったくまとまりありませんが、何か

<おまけ>:

「日本初のソフトロック」というキャッチフレーズでのメンバーがハーフというこの時代感にあふれるバンドですよね。ザ・ハーフ・ブリード
ザ・ハーフ・ブリード:不思議な夢(1969)

(投稿:日本 2012年10月7日、ハワイ 10月6日)


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